ジェームス・スキナー 1日ライブセミナー 人生の選択(その1)

ジェームス・スキナー 1日ライブセミナー 人生の選択に行ってきました。

その2
その3

大阪松下IMPホールで10時から開始だったので9時半頃行けばちょうどいいのかなと思ってたのですがジェームスのことを何も知らないセミナーに誘った友達の方が8時40分頃到着したみたいでやる気満々でビックリしました。

メールによるとセミナーに来ている人の雰囲気がちょっと違うと・・・
友人も、セミナーには何度も行っているのでどんな雰囲気なんだろと、すごい興味がわきました。

実際、私が到着したのは9時半、人もそこそこ来ており、雰囲気が違うというのがちょっとわかった気がしました。

みんなタッチしながら入場しているのですが、それが、USJや東京ディズニーランドのクルーの人たちとハイタッチするような「イェーイ!」的な感覚なので、USJや東京ディズニーランドに行ったことがない友人には違和感があったのかもしれません(笑)

ここはテーマパークじゃないんでおかしいといえばおかしいんですけどね。

席はプラチナ席、S席、A席と分かれており、私はS席だったのですが意外と前の方も空いており、結構間近でみることが出来ました。

私はライブとかコンサートとか行ったことが無いので1000名収容と言われてもピンとこないのですが思ったより小さな会場なんだなーと思いました。

そう言えばコンサートホールは何万人ですもんね。

今回、生ジェームスは初めてなんですが、登場した瞬間はちょっと鳥肌が立ちました。

おぉ、動画で見た人やー!みたいな感じで。

今回のセミナーのタイトルは「人生の選択」ですが自分で人生をきちんと選んでますかということだ。

一見、言われると

うん、自分で仕事選んでるし、したいことしてるし、嫁さんもらって、子供授かってそれなりには生活出来てるし 予定通りやで
って思うのですが深堀して考えると自分が目指している理想とはどうかと考えるともっと金銭的にも豊かになりたいし、パワーあふれた健康だって手に入れたい。
人間関係も嫁、職場、友人ともいい関係になりたいと思ってる。

じゃあ、そんな選択をしているかと言われるとしていない。
そしてそんな勉強もしていない。

本は読んでいるけど、身になっているかは別。

高校までの学校教育では人間関係、健康、大金持ちになる勉強は一切ない。

だから出来なくて当たり前だとジェームスは言う。

あなたが選んだ現実はあなたが選んだ結果なのだ

ということだが、先ほどの勉強、知識を知らないからある意味当たり前なのだ。

情報格差というのか

成功する人は成功しない人の知らないことを知っているからだ!

これってすごいことじゃないですか!
ただ単に知っているか知らないかだけの話ということだ。

例えば海外に電話をかけるとしよう
ある人はLINE、Skypeを知っているので、通話料無料で掛けることが出来る。

ある人は知らないので国際電話で掛けてバカ高い(今はそんなことないかも)電話料金を支払わないといけない。

成功するかしないかはこれだけの差だとジェームスは言っているのだ。

そして成功にはレシピがあると

料理人の話しを例にしていた。
ある有名ホテルの料理長が自慢の料理があるとしよう、料理長がその料理を作るために掛った時間は20年。

では、ジェームスがキッチンに入って教えてもらい、この料理を作るのに掛る時間はというと2,3時間だということだ。
そしてそのレシピさえあれば、誰にでもその料理を数時間で作れてしまう訳だ。

レシピさえあれば、誰が作ってもほぼその通りになるというわけだ。
お菓子作りのレシピ本を見れば誰でもそのように作れるのだ。

健康でパワーあふれる人になるレシピ
人間関係がうまくいくレシピ
大金持ちになるレシピ
事業がうまくいくレシピ
などなど。

以前、ブログに書いた、松下幸之助氏はきっとこのレシピを知っていたんだろう。
経営者って孤独 参照

「今の全財産を渡すからもう一度二十歳に戻して欲しい。それが出来たら私はもう一度今と同じだけの財産を築いてみせる。」

と雑誌の取材に答えていたようだから。

長くなるので、何回かにわけて書こうと思う。
今日はここまで。

その2
その3

新年あけましておめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

2015年度の目標を考えてみた。
2015年年末に見てどう思うだろうか楽しみだ。

2014年は前回書いたように、全然と言っていいほど動いていないと自分自身思っている。
今年に関しては、迅速に行動に移す。
悩まずにまずはやってみる、でもしっかり調査はすること。
その上でなやんでいるんだったら行動する。

自分の感情に関して、普段あまり感情を表に出さないし
嬉しいことでも、頭の中で「よかった」と思う程度だ。
それを今年は嬉しいときはカラダを使って思い切り喜び
悔しいときも声に出して悔しがり
その時の感情を思い切りあらわす。

日々の感謝も忘れず、小さな事にでも感謝する

言動
自分からもプラスの言葉を発し
相手の意見に対しても肯定的な返事をする。

自分の性格を変えるため、上記を1年やってみようと思う。

これを読んでいただいている皆様、今年もよろしくお願いいたします。

成功に近づくために脳に喜びの刺激を与える

ジェームス・スキナーの「成功の9ステップ オーディオコース」を手に入れた。

人生どうしても成功したいので(笑)
忠実にやって行こうと思う。

昨日、早速聞いている中であったのが、自分(会社)の夢があり目標に向かってやっている行動やそれでうまくいったことを思いっきりお祝いしようというものだった。

人間の脳というのは苦痛を避け、快楽を求めるらしい。
ただ、その基準というのが人それぞれ違うとのこと。

例えば
タバコを吸う人

この人の快楽は
タバコを吸うことよって得られる快感、落ち着くとかリフレッシュ、リラックスできるとか
苦痛は
タバコを吸わないこと

では、タバコを吸わない人の快楽は
吸わないことは健康であり健やかで長生き出来る。
痛みは
自分がガンになって家族を悲しませ迷惑をかけること

一般の人は質の低い快楽を得て質の低い方法で痛みを避けるらしい。

いわば、その場しのぎっていうやつだ。

ある人は痛みを避けるために
酒やドラッグに走る
ある人は痛みを避けるため
他の人に貢献する活動に身を投じる

こういった連想は今まで生きてきた経験で作られたもので必ずしも正しい連想をしているわけではない。

私自身も今まで運動というのに描いてた連想は運動は苦痛でしんどいとう連想だった。
だから今まで運動しないといけないというのはわかってたけどしなかった。
でも今回、糖尿病になり健康の大切さを身に染みて思った。
そこで一瞬にして運動に対する連想が変わった。

健康にいることで自分は遊びも仕事も目一杯出来る。
ということは運動しないと健康で居られない。

運動の連想は将来成功した自分が目一杯遊び、仕事するための快楽という風に変わった。

だから今は運動しないと気が済まない脳になってしまった。

脳というのは快楽を自動で求めてしまうらしい。
だから、努力は要らないと言う。

確かに、今走り出して約1か月経つが運動に対して苦痛な努力をしているかと聞かれれば別にそうでもない。
今も含めて未来もたくさん自由に遊びたいから運動している感じだ。

「成功の9ステップ」の話しでもう一つ共感したのがおもいっきり喜ぶと脳はそれを求めるということだ。

昔、私はパチンコ、競馬をしていた。
パチンコでめったにかからないフィーバーになると周りの目もあるので体では表現できないが、頭の中で「ヨッシャー!!」と叫んでいる。

また、競馬でもゴール近くで自分が買っている馬が前の方を走っていると「そのままー」とか「差せー」とか口走り馬券が当たるとこれまた「ヨッシャー!!」と
叫んでいる。

これが麻薬的になって、本当は時間とお金の無駄なのにパチンコに通ったりしていた記憶がある。
心では嫌だなーと思っているのに体が勝手にパチンコ屋さんに向かって行っているのだ。

これを自分が行動したことで目標、目的に向けて1歩踏み出したり、上手いこといってお祝いをしたら、脳が自動的にそれを求めるというのはとても共感出来る。

そこで早速、職場の夕礼でみんなでやった。
喜ぶ時は地面から足を離し、両手を上に上げて喜んだ。
テレもあったんだろうが、みんなやってくれた。

日々、これを実践し脳が自動操縦で成功に向けて歩んでくれるのを楽しみたいと思う。

3カ月、半年とやってみて、何も変化が無くても失うものは何もない。
逆にやってみて効果が出ればラッキーだ。

目的を明確にしていますか?

年末なので、正月休みの旅行を計画している。
どこに行くのか、何泊行くのか、どのホテルにして何して遊ぶのか
何がいるのかを入念に調べているところだ。

先日読んだ本にこんなことが書いてあった。
旅行などは綿密に計画を練って行くのに、人生という旅にはなぜ真剣に目的も決めず
時の流れに身を任せるのかと・・・

確かに旅行は今、必死に調べている。
その理由をいくつか考えてみた。

休みの都合もあり、行く日が決まっていて、日に日に行く日が近づいてきているからだ。
楽しい旅行にしたいので、いく場所、宿泊数、ホテル、何して遊ぶを決めておきたい。

必死に調べている理由はゴール(行く日)が決まっていて楽しみたいからだ。

では、それが人生の旅として考えた場合どうだろう
死をゴールとして考えると

自分はどこに向かって、どんな場所、家に住み、誰と暮らし、何を楽しみとしてというような事は大勢の人は考えていないだろう・・・

現時点では、私もその一人だ。

川に流れる葉っぱのような人生を送っていないだろうか
命がいつまでも続くものだと思い、何も決めて無いんではないだろうか?

タクシーに乗り行き先も告げなければ、あちこちと走り回られるだけだ。
幸せな所に連れてってと言っても自分の価値観の幸せではない。
どこに連れて行かれるかもわかったもんじゃない。
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そう考えると、自分が向かっている方向、そこでどう楽しむかを明確に決めないと
いけないと思った。